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モジャの中学受験

私が中学受験した時のことを、少し書いてみようと思います。

 

私が中学受験を始めたのは、5年生の夏期講習からでした。

そのころの私は、学校の勉強で特に苦労することはありませんでしたが、

勉強がよくできる子でもありませんでした。

もしかしたら、小学校でのテストに向けて勉強をするわけでもなかったので、成績は下の方だったかもしれません。

それに、これといった夢もなく、何か特別な習い事もしているわけではありませんでした。

だた、過ぎるままに日々を送っていました。

 

そんな私を心配したのか、ある日、父は私に中学受験を進めてきました。

当時の私は、中学受験というものをよく理解もせず、「やる」と言ったと思います。

そうして中学受験が始まりました。

 

夏期講習から入った塾は、まさに別世界でした。

 

まず、計算が複雑でした。

周りがすいすいと計算問題と解いている中、

分数の掛け算、割り算から始めたような気がします。

人より出遅れていましたが、最後は一番好きな教科になりました。

ロンちゃんに教わったのですが、すぐに答えや解き方を教えるのではなく、

最後まで付き添い考えさせてくれたので、解けた時の達成感は気持ちよかったです。

その達成感から、だんだんと算数にハマっていった気がします。

 

次に理科。

これは楽しかったですね。

光、てこ、電流、あと人体が特に好きでした。

ただ、夏期講習前に習う分野はすっかり抜け落ちていたので、

この部分は最後まで苦労しました。

節足動物なんて言葉は、6年になるまで知りませんでした。

 

そして、社会。

学校の授業では聞き流すように聞いていましたが、

塾の授業では意識して聞くので、ある程度は頭に残り、毎週のテストはひどい点数はとりませんでした。

ただ、授業内容のほとんどがテキストを読んで線引きという内容に、あとちょっと問題演習という感じで、

習ったことはテストが終われば、すぐに忘れてしまいました。

私は家で復習するタイプでもなかったので、一番の苦手教科は最後まで社会でした。

 

最後に国語。

一言でいうと、「可もなく不可もなし」かなという感じだと思います。

テストでも、入試問題でも50点ぐらいは取れましたが、60点の壁が1月ごろまで超えられませんでした。

最後の方は、女の子で急激に国語の点数が伸びた子がいて、その子に勝とうと意識しながらやってました。

半分、遊びの感覚だったのかもしれません。

ですが、そのおかげで、国語の成績は伸びていきました。

 

そんな出来でしたので、12月の最後の模試まで、四科偏差値で50を超えることはありませんでした。

それでも、最後にはサレジオ学院に合格できました。

 

最後の一か月に何があったんだろうと、今でも思い返す時があるんですが

塾で先生たちに見守られながら勉強していただけなんです。

ただ、周りのことなんか気にせず、自分の勉強に没頭していたと思います。

 

いま思うと、安心して勉強できたんです。

いつも、ロンちゃんがいて、たとえ、目の前にいなくても、ここに居ていいんだという感覚に、

安心しながら、勉強することができました。

そうして、勉強する中で、自分の成長を実感し、もっと、もっとと勉強するようになれたような気がします。

そういう思いがあったからこそ、自分の可能性を引き出せ、サレジオ学院の合格につながったと

思っています。

もちろん、受験まで、全てが順調にいったわけでもなくいろいろとありましたが、

そのことは、またの機会に書きたいと思います。

 

最後に

よく、生徒たちから、「なんで塾で先生してるの」なんて聞かれます。

答えは、「私の中で大人というものは、ロンちゃんだから」です。

小6ながら、みんなに頼られ、そして、それに応えるロンちゃんの姿は、

私の中の大人という存在を定義づけた気がします。

 

私が感じていた安心感と達成感こそ、一人ひとりの可能性を最大限に引き出す源だと信じて、

これからも、ここ元住吉で頑張っていきたいと思います。